37歳から絵を始めて1年で描けるようになるまでの話 part 1
こんにちは、Juniです。
私は今から1年ほど前、37歳のときから絵を描き始めました。それから1年間、ほぼ毎日絵を描き続け、いろいろな描き方、練習の仕方を試してきました。そして今では、人に見せて喜んでもらえたり、自分のスマホの待ち受けにしたり、額に入れて眺めて自分でうっとりできるくらいになりました。
絵が描けるようになると、いいことがたくさんあります。私にとってのよかったことは、見える世界が変わって、想像が広がったこと。そして、自分の想像の中にある素敵な世界を、形にして現実にできるようになったことです。さらに、学べば学ぶだけ、描けば描くだけ、できるものが魅力的になっていきます。これからも、際限なく成長できる実感があり、本当にワクワクしています。
この1年は、絵を描く楽しさを知った、人生が変わるような彩りに満ちた濃い1年でした。この1年の思いを、今後の自分のために、そして「絵を描いてみたいけど、うまく描けないのが怖い」という人のためになるのではないかと思い、ここに書いていこうと思います。
今の絵と1年前の絵を比較してみる
まずは、今の絵と1年前の絵を比較してみましょう。まずは1年(くらい)前の絵です。

職場近くの公園で初めての野外スケッチで描いた桜のつぼみ(下)です。

東京ディズニーシー・ファンタジースプリングスで会ったアナの絵です。
次は、最新の絵を見てみましょう。


いかがでしょうか?
私はこれらの最近の絵を額装して部屋に飾り、絵のキャラクターたちに会った情景を思い出してうっとりとしています。この1年のあいだに「絵のを描く技術」をいろいろと身につけましたが、画材の選び方と使い方、スキャンの仕方まで含めて「絵を完成させること」をトータルに身につけたと言ってもいいかもしれません。
でも、よくわからない、うまくいかないと思うこともたくさんありました。絵って、写真と違って、描けるようになったと実感するまでに大きなハードルがあるように思います(一方で、写真はシャッターを押せば撮れますが、いい写真を撮るまでに長い道のりと苦労があると思います)。早い段階でこのハードルを超えて「絵を描けるようになった」と実感するまでが、その後絵を楽しみながら続けていく上で大事なんじゃないかと思っています。ですので、私がどのようにして「絵が描けるようになった」実感するに至ったか、期間を区切って書いてみようと思います。
0日目 絵を描いた先にある 自分の楽しみを求めて
まずは、なぜ37歳にして「絵が描きたい!」と思い、1年のあいだ描き続けてこられたのか、そのモチベーションの源泉を探しに、絵を描く前の私を振り返ってみたいと思います。
私は地球科学者、そして大学教員として、研究や教育に携わってきました。地下の鉱山で鉱石を採ったり、しんかい6500に乗り込んで深海調査をしたり、様々な国や場所で研究をしてきた中で、普通はなかなかできないような、とっても素晴らしい体験をしてきました。
でも、大学の教員というのは本当に本当に忙しかったのです。自宅でも、寝る時も、休み中も、旅行中も、ずーっと頭の半分は仕事と研究のことで占められ、何かに追い立てられているように感じていました。職位が上がってくると、やいたい研究以外の仕事もどんどん増えてきます。そうして「これは本当に自分のやりたかったことなのか・・・?」と自問自答する日々、いや、自問自答する時間もありませんでした。そして抱え込みすぎた結果、ちょっと参ってしまい、研究者を辞めることにしました。
そして1年くらい転職活動をしていたのですが、その間にクリニックで心理検査を受けたり、カウンセリングを受ける中で、これまでの自分の内面の動きに向き合うことに時間をかけるようになりました。そして、私の「好き」を表すキーワードとして、自然、創作、好奇心、があることを発見しました。
結局、転職活動はなんとかなり、資源系の会社に転職することで、違った形で地球に関わり続けることになりました。同時に、仕事以上に貴重ものも手に入れることができたのです。それは、研究者の頃にはなかった、時間と心の余裕です。
その余裕は、私の心から楽しいと思える何かができないかな、と探索する時間を私にくれました。そうして本を読んだり、出かけて情報集めをしたり、ネットサーフィンをしていて見つけたのが、ジョン・ミューア・ロウズ著『見て・考えて・描く 自然探求ノート』という、ネイチャー・ジャーナリングを勧める本でした。
ちょっとでも興味があったらサンプルページを見てみてほしいのですが、身近な自然が、鉛筆、水彩、ペンでかわいらしくカラフルに描かれ、その周りに自分の観察したことが文字や飾りで、時に簡素に、時にユーモアたっぷりに書かれています。なんだか、冒険手帳みたいでとってもワクワクしてくるんです。そんなワクワクするような自然観察記録を、身近なものを対象にして、どんな人でも簡単にできるように、楽しく、寄り添うように手ほどきされていて、すぐにでもやってみたい!と思わせてくれル本です。
早速、本のとあるページにある岩の絵を真似して描いてみました。なるほどなるほど、確かに岩っぽくなる!おもしろい!そう思って、手元にあった小さいノートとペンをカバンに詰めて、会社のすぐ近くの公園にあった桜のつぼみを描いてみました。そんな最初の絵が、上にある1年くらい前の絵です。
そのとき、ふっと世界が開けたように感じたのを覚えています。
それ以来、とにかくいつも持ち物に紙とペンを入れ、待ち時間、散歩の時間などに、目についた自然を描いていくことにしました。すると、たった1回2回描いただけでも、自分の感じたことを心のままに描き出すことが、とても気持ちよく感じたのです。それ以来、とにかくいつもノートとペンを持ち歩き、時間を見つけては身近な自然や目についたことを描くようにしてみました。
この時の私には「絵が上手くなりたい」という意識はほとんどありませんでした。むしろ、絵を描くことを通して、身の回りの自然を観察して、感じたことを何か形にすること、言い換えれば、絵を描くことの先にある何か…自然への理解や自然とのつながり…を求めていた、ということでしょうか。このように、絵を描くこと自体が目的ではなく、「上手く描かなければならない」という気負いがなかったことで、描くことをうまく習慣にできたのだと思います。
1ヶ月目 描く習慣と工夫で 世界が変わり始めた
気負わずにに習慣的に絵を描いていても、質感とか雰囲気とか、もっとよく表現したい!ってやっぱり思います。そんな時の私のやり方は、とにかく調べることです。私は初めのうちは手元にあるボールペンのユニボールワンとA5サイズの普通のノートに描いていたのですが、インターネットで参考になる絵を探して見たりしていると「素敵だな、こんな絵が描きたいな」と思う絵に出会います。そして、その絵のような美しい線はどうやって描いているのかな、自分でも取り入れられるかな、と思って調べると、そもそも画材が違うことに気づきます。
ちょっと調べてみると、ミリペンとかGペンとか、ペンだけでも色々出てくるのです。ミリペンは太さのバリエーションがたくさんあって、なんと 0.03 mm という太さもあります。今まで出会ったことのないサイズがあるという驚きと、それで漫画を描いている方もいるという興味深さから、とりあえず買ってみました。そして、描いてみてびっくり。線が濃くてはっきりしていて、好きな絵や漫画に出てくる美しい線に似た線が、自分の手から生み出されるのがとっても気持ちいいのです。
最初からそんなに美しい線は描けませんが、道具を得たことでいろいろ試したくなってきます。そして線の描き方を調べてみて「なるほど美しい線はそういう理屈か!ではそれで葉っぱを描いたら、石を描いたらどうなるだろう…なるほど確かにちょっとそれっぽくなる!」というようになるわけです。こうして、描く→描き方が気になる→調べる→新しいことを知る→試したくて描く、という好循環に乗って、いろんな描き方を自分に取り込むことで、知らず知らずのうちに、描く表現の幅や描ける対象が広がっていきました。まさに、ビジネスなどでいうPDCAサイクル:Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Act(改善)ですね。すると、今までの人生で気づいてこなかった、身の回りの面白いことに気づけるようになりました。
例えば桜だけでも、桜の花びらがハートに似ていること、桜の木の幹が何本もの木が寄り集まって捻れたようになっていること、桜の木の枝は上向に伸びていること、などなど。今まで38年間、桜の木はずっと身近にあったはずなのに、そして、自分は自然が好きで自然をよく見てきたと思っていたのに、絵を描くことで、桜の本当の姿に始めて気づくことができました。
そうなってくると、不思議なことに、目に入るすべてのものがすごく存在感をもって、きらきらと色とりどりに輝いて見えるようになってきたのです。道端の草がつける小さいけれど可憐な花や、雑草と思っていた草たちのそれぞれ個性的な形…いつもの風景が、新しいものに満ちた風景になりました。そんな新しい世界で、自分はどう感じるんだろう、それをどうやって形にできるだろう、もっと新しい世界を見てみたい!と思うようになりました。
こんなに簡単なことで世界が変わってしまうなんて、絵って本当にすごいです。
下のギャラリーが最初の1ヶ月くらいで描いた絵たちです。描いた時期と順番は合っていませんが、会社近くの公園の桜、東京ディズニーリゾートの風景、道端の草木を描いていました。











2~3ヶ月目 着彩で 自分の絵の世界観が見えてきた
上で紹介した最初の1ヶ月の絵は、ご覧の通り色なしの線画でした。でもやっぱり、色鮮やかで、光や空気の温度を感じるような絵は憧れです。でも絵を描き始めたばかりの自分にとっては、線で描くことに精一杯で、色付けはまだまだ先だな、と思っていました。その頃は「着彩した絵は、線画が完成した先にある、大変なもの」というイメージがありました。
そのイメージが作り上げられたのは、小学生の時だと思います。その当時、色をつけるものといえば、色鉛筆か水彩絵の具でした。色鉛筆は手軽に色を付けられますが、大面積を塗るのは大変。一方で水彩絵の具は、筆やパレットやバケツを洗ったり、固まったまま放置してガビガビになったりして大変、と、何かと大変なイメージを持ってました。
それでもやっぱり色をつけたい!と思い、手軽に着彩できそうなものを調べてみました。といっても、無難に「着彩 方法」みたいなキーワードで検索するだけです。そして、水彩色鉛筆、というものを知りました。これは、色鉛筆なのに、後から水で溶いて水彩がにできる、という自分にとってびっくりの存在でした。これがあれば色鉛筆の手軽さと、水彩の色塗り効率が両立できる!ということで、ファーバーカステルのアルブレヒト・デューラーという水彩色鉛筆の24色セットと、水彩色鉛筆の練習ができる本を買いました。これです。
この本は、著者の先生の線画がすでに描かれていて、あとはレッスン通りにそれに着彩していくという実践スタイルの本です。本の用紙自体が水彩紙になっているので、後から筆で溶いて水彩画にできるという面白い本です。
この本、14日間のレッスンなのですが、実は私は1日目のパートしかやりませんでした。ただそれはこの本が悪かったということではなくて、私が決められたことを淡々とやっていくのが苦手で、知ったことをすぐに試したくなったり、いろいろなことを思いついてやらずにはいられなくなって、すぐに違うことに手を出してしまっただけなのです。この時も、1日目のレッスンで、なるほど!と思ってすぐ自分自身の絵を描くことに移ってしまいました。
でもこの本を買って、1日目パートを数日に分けてやってみて、得たものはとても大きなものでした。それは、色の力はすごい!ということ。著者の先生の線画は、当時の私が「それくらいでいいの!?」と思うほどシンプルなのですが、温かみがあって、対象の特徴を最低限の線使いでよく捉えているように感じました。そんなシンプルな線でも、色を付けると全く別物、というか、むしろ線のシンプルさがちょうど良いアクセントになってとても素敵な絵になるのです。線を書き込まなくても、線と色のバランスで、こんなに素敵な絵になるんだ!ということがよくわかりました。同時に、こんな絵が自分の描きたい絵だな、と思うようになりました。
これが例えば、線画と着彩をゼロから自分でするレッスンだと、こんなに早くこのことに気づけなかったと思います。あらかじめ描いてあるプロの先生の線画に着彩する、という手軽さが踏切台となり、色付けへのハードルを簡単に超えることができたのだと思います。たった1日分でやめてしまったレッスンでしたが、着彩にすんなり取り組むことができるようになり、私にとってはとても貴重なレッスンになりました。
そして季節はスケッチにぴったりな5月でした。この季節の東京ディズニーシー・ファンタジースプリングスは、花や草木に彩られて想像力を掻き立てられる季節です。その美しい風景をゆっくりと見ながら、初めての屋外カラースケッチをしてみました。それがこちらです。



そして、この頃の集大成と言える絵が、下の絵です。

この集大成の絵は、文字で書いてある通り「The path to Fantasy Springs ファンタジースプリングスへの道」です。東京ディズニーシー・アラビアンコーストからファンタジースプリングスを抜け、ファンタジースプリングス・ホテルへ至るまでの風景を描いた、空想の地図です。
この頃、ファンタジースプリングスが好きすぎて、何度も通っているうちに頭の中で空想のマップが描けるようにまでなっていました。余談ですが、ファンタジースプリングスは本当に素晴らしく、アラビアンコースト側エントランスを山奥に見立て、そこから海へと至るまでの自然風景が、地質学的にとてもしっかりと移ろっているのです。本当に、山から海へ、妖精と自然の作り出したファンタジーの世界を旅しているように感じるのです。
そういう大好きな場所の風景を、思いのままに感じるままに、自分のワクワクするような形ににして残す。そういう、絵を描き始めたときの思いを初めて実現できた絵です。誰のためでもない、自分の心が生み出した、自分のための絵でした。また、この絵については、ファンタジースプリングスの大好きな多くの人に見せてみたのですが、みんな喜んでくれました。そうして、絵で多くの人を喜ばせることを、私は初めて知りました。
描くことを楽しみ、描いた絵に感動して、さらに人にも喜んでもらえたことで、自分のスタイルのようなもの、あるいは、自分の絵が進む方向が見えてきたように思いました。自然と人の関わりが創り出す素敵な風景の、形を線画でとらえ、雰囲気や空気感を着彩で描く…そんな感じです。計画してこのような絵を描いたわけではありませんが、そういう何かのきっかけになる絵って、突然生まれるものなのかなと思いました。
さて、次回は人の絵を描くことに挑戦したエピソードを書こうと思います。人やキャラクターの絵を描くことは、私にとってこれまでよりも遥かに大きなハードルを超えた先にある、遥かな憧れでした。初めは描ける気がしませんでしたが、なんとかそれを形にしてきた過程について、書いてみたいと思います。